2026年6月10日水曜日

【報告】住まいの権利裁判の最終弁論期日、内堀決定の違法性のクライマックスを15分で語るーーアピールではなく、対話としてーー要旨陳述の機会(26.6.11)

ルター

藤山雅行

三浦 守


昨日で、東京地裁に2022年3月に提訴した「住まいの権利裁判」が審理を終結した。その最終日に、この裁判の中心問題「内掘福島県知事が自主避難者への仮設住宅提供を打ち切る決定を下した内掘決定が違法ではないか」をめぐって、原告らの主張の要旨を陳述する機会(時間は15分)を与えられ、実施した(形式的には、2週間前に提出した原告最終準備書面(>内掘決定の部分のPDF)の要旨を陳述するというもの)。

今年1月9日に、避難者追出し裁判で、最高裁の三浦裁判官がこの内掘決定が違法であると判断した(>その報告)。他方、多数意見は内堀決定の違法性について判断に踏み込まなかった(判断を回避した)。この311後の原発事故の救済の根幹の1つをなす「内掘決定」に最高裁が違法という判断を示したことの影響はとてつもなく大きい。その影響の大きさを十分分った上で、三浦裁判官は正面から「内掘決定」は違法であると判断に踏み込んだ。そこには、500年前に、マルティン・ルターが「我ここに立つ。これ以外に仕方がない」という苦悩の中で宗教改革に一歩を踏み出したように、三浦裁判官も「我ここに立つ。これ以外に仕方がない」という決断の末に、「内掘決定」の違法判断に踏み出したと思われた。

そして、判決前のこの苦悩(暗闇)の中で下される裁判官の決断は誰であっても変わらない。この住まいの権利裁判の裁判官たちも同様だ。そのことを意識して、判決の準備に入る彼らができるだけすみやかに「我ここに立つ。これ以外に仕方がない」という決断が下せるように、そのための背中を押す積りで、この日の要旨陳述の原稿を準備した。
これも、裁判官に宛てたラブレターである(>全文のPDF)。

その中で、裁判所に「裁量権の逸脱濫用の判断」の模範(リーディングケース)として推奨したのが次の2つの判決。
①.一般論として、平成14827日「林試の森」事件一審判決(>原文)。裁判長は藤山雅行。
②.具体論として、令和8年1月9日「避難者追出し」裁判最高裁判決三浦意見
(>原文10頁以下)





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